法文化学会へのお誘い


 世紀末の現在から20世紀全体を振り返ってみると、世界が大きく変わりつつある、という印象を強く受けます。 20世紀は、自律的で自己完結的、自己決定を至高とする西欧的国民国家の時代で、 それぞれが神ともいえる個別国家が互いにぶつかり合い、 欧米諸国を中心とする列強がその生存をかけて二度も大規模な戦争をおこしました。 法もまた、当然のごとくそれそれの国で完全に完結した体系とみなされ、学問的にもそれを自明とする解釈学が主流でした。 法を歴史的に理解しょうとする試みも、その完結した体系に連なる、一国民国家の法の歴史に限定されがちでした。

 しかし、21世紀をむかえるいま、国民国家は国際社会という枠組みに強く拘束され、 諸国家は協調と相互依存への道を歩んでいます。 経済のグローバル化とEUの成立は、その動きをさらに強めました。 また、その一方で、ベルリンの壁とソ連の崩壊は、民族紛争と宗教的対立を顕在化させ、 民族や宗教の差違を超えるはずの国民国家という存在にあらためて深い疑念を抱かせました。 さらに、湾岸戦争の勃発は文明の衝突という概念すら生み出すにいたっています。 19・20世紀型国民国家の完結性と普遍性への信仰は大きく揺らぎ、 その信仰と固く結びついた西欧中心主義的な歴史観は反省を迫られています。 すべてが国民国家に流れ込むという立場、すべてを国民国家から理解するというこれまでの思考形態では、 この現代と未来を捉えることはもはや不可能といえるでしょう。 21世紀を前にして、私たちは、政治的な国家という単位や枠組みでは捉え切れない、 民族や宗教、文明や文化、地域と世界、 そしてそれらの法・文化・経済的な交流と対立に視座を据えた研究に向かわなければなりません。

 このことは、法のあり方とその認識形態である法観念に関しても当然にいえることと思われます。 国民国家的法システムと法観念を歴史的にも地域的にも相対化し、過去と現在と未来、 欧米とアジアと日本、イスラム世界やアフリカなとの非欧米地域の法とそのあり方、諸地域や諸文化、 諸文明の法と法観念の対立と交流を総合的に考察することが必要です。 この作業は、非常に大掛かりなので、一人一人が個別的に試みるだけではとうてい十分とはいえません。 問題関心を共有する人々が集い、多角的に議論、検討し、その成果を発表することが必要です。 そのための場がいま求められています。私たちは、そのような思いから法を国家的実定法の狭い枠にとどめず、 法文化という、地域や集団の歴史的過去や文化構造を含み込む 概念を基軸とした研究交流の場をここに設定することにしました。

 私たちが目指している法文化研究の基礎視角は、 一言でいえば、「法の時空クロノトポス」的研究です。 それは、各時代・各地域の時空に視点を据えて、法文化の時間的、空間的個性に注目するものです。 この時空的研究は、歴史的かつ比較的方法にのっとって行われますが、 言葉や態度の表現や意味、相互の交流や通信に着目する情報的アプローチも重視します。 それゆえ、私たちは、法文化の時空的研究を主として歴史、比較、情報の三つの角度から推進したいと考えています。 また、この研究は、未来に開かれた現代という時空において展開される、 たとえば環境問題や企業法務などの実務的分野が直面している先端的な法文化現象も考察と議論の対象とします。 この意味において、本学会は、学術的であると同時に実務にとっても有益な、 法文化の総合的研究を目的とします。

 本学会は、叢書『法文化一歴史・比較・情報』(国際書院)を発刊し、 毎年単行本として刊行することによって、研究年報として位置づける予定です。 第一巻は、『混沌のなかの所有』という書名で準備を進めております。 (執筆をご希望の方は、事務局にお問い合わせください。)

 法文化に関係する分野でそれぞれ研究・実務活動を続けている皆さんの参加を期待します。 本学会は、先行諸学会と協調しつつ、実定法の専門家や実務家とも連携し対話することを願っています。

   1998年9月14日

呼びかけ人
勝田有恒 ・ 後藤武秀 ・ 真田芳憲 ・ 佐藤信夫 ・ 津野義堂
村上裕 ・ 森征一 ・ 森田成満 ・ 屋敷二郎 ・ 山内進